饒舌映画ブログ

誰もが、映画をめぐってひたすら饒舌であったときの快楽を知っている。同時に、その果てに待ち受けている徒労の実感をも体験している。映画によって言葉を根こそぎ奪われた瞬間の無上の甘美さをたぶん、あなたは知っているだろう。そして、その沈黙にいつまでも耐え続けることの息苦しさをも知っているに違いない。欠語と饒舌のいずれを選ぼうとも、救われたためしなどかつてありはしなかったのだ。――『リュミエール』誌 《創刊の辞》より

Simpsonwaveとはなんぞや

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●はじめに

 ネットで拾ったのか、自分でリッピングしたのか、あるいはマジに放送当時の録画ビデオから抜いたのか、分からないが、シンプソンズの粗悪なアニメーション素材にヴェイパーウェイヴを重ねたMADムービーらしきものがネットで多く出回っている。その名もSimpsonwave、正しくはSIMPSONWAVEと表記するこのど底辺な遊びの流行は、いったい何を意味しているのだろうか。

 当ブログはこれをある種の映像表現(超広義のヴィデオ・アートもしくはポップ・アート)として受け止め、映画ブログで取り扱うことを自らに許し、その批評的可能性に言及するまではいかないにしても、シンプソンズとヴェイパーウェイヴの専門家にこの怪しげなマイナー・ジャンルの存在が届くことを祈りつつ、現在までの派生状況をまとめるものである。百聞は一見に如かず、まずはこちらのビデオをご覧いただこう。

 家族連れだろうか、日曜学校のために教会へ向かう男の子がウォークマン(劇中ではパーソナル・ステレオ)で音楽を聴いている。曲は言うまでもない、ヴェイパーウェイヴの古典、Macintosh Plusの“リサフランク420 / 現代のコンピュー”である。気持ちよくそのソウルレス・ソウル・ミュージックに乗っているところを引率の大人(母?)に見つかってしまい、パーソナル・ステレオはたちまち没収され、「あなた、ヴェイパーウェイヴ聴きながら教会に向かうなんて、どういうつもり!?」と叱られてしまう。

 やがて映像は、導入の逸話とは無関係に発展、もしくはサイケデリックに拡散するが、基本、何かがうまくいかずにうなだれる少年の姿と、パーソナル・ステレオでヴェイパーウェイヴを聴くノリノリな少年の姿が基幹的に反復されており、普通に解釈すれば、親(や大人)からの抑圧をヴェイパーウェイヴで緩和する思春期の逃避がそこには読み取れるだろう。あるいは、そうした日々をアイロニカルに回想する青年たちの歪んだノスタルジアが紫色の蒸気となって充満しており、ダメさがすごいことになっている。 

 

●2015年10月27日(生誕)

 こうした動画が、シンプソンズで育った若者たちの意識にどのように作用しているのかは判然としないところもあるが、一方では、この謎めいたトラッシュ・カルチャーの始期と終期はかなり具体的に特定することができる。関係者による証言および記録によれば(ウィキペディア解説ページがすでに設置されている)、SIMPSONWAVEとは、2015年10月27日に誕生し、2016年6月18日に死去している。現存する中で最古のSIMPSONWAVEは、どうもこちらのVine動画らしい。早速ご覧いただこう。

 これは、Spicsterなるユーザーが、最長6秒の音声付き動画を投稿できるSNSVineで2015年10月27日に公開したもので、この記事を執筆時点で2300万回以上再生されているSIMPSONWAVEのクラシックである。ループの継ぎ目を感じさせない、美しい、バレアリックな(?)円環。いつまでも浸っていたい完成度ではある。とは言え、正直、これがなぜに爆発的な支持を受けたのかは分からない。この動画から派生した一連のSIMPSONWAVEも、基本、ヴェイパーウェイヴの既発曲を垂れ流しているに過ぎないのだし。

 それでは話が終わってしまうので、一応の補足をしておくと、少なくともこのSpicsterの投稿に関して素朴なことを言えば、ここには「ループの快楽、あるいはその発見」がある、ということである。ある曲の一部(6秒間相当)がサンプリングされ、Vineの自動反復再生機能によって永遠にループしていくことによって、言いようのない快楽が生じていることの発見。この動画を10分間、つまり回数にして100回分、ひたすらループし続ける動画まで存在するのも、おそらくはそういうことだ。

 大慌てで言い添えておくが、もちろん、そんな快楽が存在することは常識中の常識で、ヒップホップ以降のポピュラー・ミュージックをある程度にでも体系的に聴いたことのある人間であれば、「おまえ何十年前の快楽を発見してんだよ」という話になるだろうし、「そもそもヴェイパーウェイヴ自体がサンプリング・ミュージックだし、ループ・ミュージックでしょ」という話になるだろう。実際、このSpicster氏の他の投稿を見る限り、自身はヒップホップの愛好家であり、この動画もループ・ミュージック的なお遊びとして定期的に投稿しているものの一つ、という感じである。

 だから、機能的に見れば、SIMPSONWAVEのバックグラウンド・ミュージックがヴェイパーウェイヴであったことの必然性は、おそらくない。6秒間の無限ループに堪える素材であれば、基本的には何でもよかったはずである。しかし、「それ」は実際に起きてしまった。誰かの、何かに、ヴェイパーウェイヴとシンプソンズの組み合わせがたまたま、しかし決定的にハマってしまったのである。SIMPSONWAVEによって、「ループ」による音楽の楽しみ方、それにヴェイパーウェイヴというマイナー・ジャンルの音楽が同時に「発見」されたのだ。

 

●なかなか死なないヴェイパーウェイヴ

 ここに興味深いデータがある。下図は、インターネット(というか、Google)におけるヴェイパーウェイヴの人気度を、ピーク時を100として計測期間内の相対的な動向をプロットしたグラフなのだが、なんと、驚くべきことに、世界的に見れば、ヴェイパーウェイヴの黄金時代は2016年の「いま、この瞬間」なのである。

 繰り返しになるが、これは本当に驚くべきことだ。言葉本来の意味での「ネットの音楽オタク」たちがこの怪しげな音楽(あるいは現象)の出現に騒いでいたのは、2012年のことなのだから。このグラフによれば、2012年など何も起こっていないに等しいではないか。

 念のため要点のみ再度整理しておくと、まず、この界隈における最重要人物=VektroidのLaserdisc Visions名義でのアルバム『New Dreams Ltd.』や、Macintosh Plus名義での『Floral Shoppe』がリリースされたのが2011年後半の出来事である(この2作のフィジカルを所有する人びとのことを、ヴェイパーウェイヴの第一世代という)。そして、情報デスクVIRTUAL名義での『札幌コンテンポラリー』のリリースが2012年の4月である(この作品のフィジカルを所有する人びとのことを、ヴェイパーウェイヴの第二世代という。ちなみに、筆者はここに該当する)。

 ここから、批評が騒がしくなる。代表的なところでは、まず、2012年の7月に、ポスト・インターネット時代における最高音楽評論家のひとり=アダム・ハーパーが、コラム《Vaporwave and the pop-art of the virtual plaza》を『DUMMY』にて発表。合わせて、当時の代表曲を網羅したミックスも作成された(上記のサンクラがそれ)。これがここ日本にも飛び火し、『ele-king』の野田努編集長が8月から9月にかけて関連レビューを立て続けに発表。『キープ・クール・フール』や『Hi-Hi-Whoopee』といった有力音楽ブログも特集を組んだ。筆者もこの流れに乗り、ストリーミング限定のアルバムをレビューするという暴挙に出ている。

 こうした時間感覚からすると、「ヴェイパーウェイヴをめぐるネット上のバズは、2016年の今がピーク」というデータは、全然しっくり来ない。少なくとも2014年とか2015年にこの音楽を熱心に語っている奴はおらず、確実に一度は死んだはずである。実際、SIMPSONWAVEの代表として『Pitchfork』のインタビューを受けたLucien Hughesは、2012年前後の騒動には立ち会っていないと発言している。彼がヴェイパーウェイヴに出会ったのは、2015年の夏。音楽の趣味を共有する友人に教えられたのがキッカケだという。SIMPSONWAVEとは、まず第一に、ヴェイパーウェイヴの第四~第五世代あたりによるブームだと言えそうだ。

 

●2016年2月5日(本格起動)

 2015年の夏にヴェイパーウェイヴに出会い、2015年の秋にSIMPSONWAVEを発見したこのLucien Hughesは、以降、完全に職人(=廃人)と化し、SIMPSONWAVEを量産する。ヴェイパー厨になった者の必然として、Vektroidを崇拝するに至ったLucien Hughesは、ヴェイパーウェイヴの魅力をただ「ノスタルジア」と、簡潔に、ある意味では素朴に表現する。以下の動画リンクは、そんな彼の全記録である。

 ヴェイパーウェイヴの早すぎるリバイバル。ここにはある種の矛盾が横たわっているように思えてならない。かつて筆者は、ヴェイパーウェイヴの本質を「レア・グルーヴの反転」と感覚的に形容したことがあるが、これは、レア・グルーヴが「忘れられるべきではない音楽が、発掘され、正当に再評価され、現代に蘇る」現象だとすれば、ヴェイパーウェイヴが「忘れられるべくして忘れられた音楽(家電製品のCM音声等を含む)が、誤って発掘され、不当に再評価され、現代に蘇る」現象に思えたからだ。

 こうした、「蘇るべきではないものが、蘇ってしまうこと(=ゾンビ化)」をその構造上に内包していたヴェイパーウェイヴは、一度は確かに死んだあと、SIMPSONWAVEに合併吸収されることで、今度は自らがゾンビ化し、「蘇るべきではないのに、蘇って」しまったのだ。つまりSIMPSONWAVEとは、第二に、「蘇るべきではないもの(=What the Hell)」が二重にゾンビ化し、死ぬに死ねない状態に陥っているものと言えるだろう。

 ちなみに、このゾンビ化は単なる言葉遊びではなく、それなりの文脈を持っている。坂本慎太郎が以下のとおり正しく翻訳したように、

昔の常磐ハワイアンセンターとか、ハトヤ温泉とか、ファミリーランドみたいな遊園地でもいいんですけど、そういう人工的な楽園みたいなものを作ろうと思った人達・・・・その人達はもう死んじゃってるんだけど、その人たちの意志や志みたいなものだけが、まだふわふわとこのへんに漂っているような、そんなイメージなんです。人類が滅亡してもその気持ちや魂だけが残って、誰もいない宇宙に漂っているっていうのが、すごいかっこいいと思ったんですね。もっと具体的にいうと、人類が滅亡した地上で、ハトヤ温泉のCMがただ流れている、みたいな。

――2ndアルバム『ナマで踊ろう』インタビュー(前編)より

時にはCMの音声すらサンプリングし、ショッピングモールで「誰に聴かれるためでもなく、ただ空間を埋め合わせるためだけに」流れる音楽のようでもあるヴェイパーウェイヴは、「人類が滅亡した地上で、消費主義的な欲望が蒸気のように漂っている」イメージすら提示するからだ。

 それは、言うまでもない、ジョージ・A・ロメロ監督の映画『ゾンビ』(Dawn of the Dead, 1978)が描いた世界そのもので、高度消費社会における理想郷の不在を、ポップかつアイロニカルに強調して見せた佳作である。そう、人間は欲望の奴隷であり、死をもってしてもそこを逃れられないのだ。

 

●美学ある無意味さ

 そうした想像力を持っていなくはないヴェイパーウェイヴが、刻まれたシンプソンズのアニメーション断片に重なり合う時、いかにも何か、批評的な意味が生じそうではある。しかしそれは、どちらかと言えば意味がないことによる逆説的な批評性に軸足があると思われ、Lucien Hughesはシンプソンズのネタ投稿を競い合うFacebookのコミュニティ「Simpsons Shitposting」の会員であるというし、グリッチ・アートのコミュニティ「Glitch Artists Collective」にも出入りしているらしく、好意的に形容するならば、「美学のある(過剰な)無意味さ」といったところだろうか。つまり基本、全部がネタであるが、妙にこだわりの詰まったネタなのである。

 最終判断は、少なくともシンプソンズのことをもっと知ってからにしようと思うが、ある角度からはこのようなことも言えるのではないだろうか。海の向こうのオタクたちは、音楽に政治を持ち込まないために、あらゆる「~wave」を起こしてそれに抵抗しているのだと。話題となった件の「音楽に政治を持ち込むな」は、筆者には「俺の視界に俺の嫌いなものを絶対に入れるな」というモンスター・クレームにしか解釈されなかったのだけど、ならばいっそのこと、SIMPSONWAVEのようなシェルターを作って徹底してそこに引きこもるくらいの気概があってもいいのではないだろうか。

 気づけば話が大きく逸れてしまった・・・・。以降、SIMPSONWAVEはツイッター上でも大きく拡散していくことになる。主な動きをこざっぱりとまとめる。

  

●2016年2月18日(意味深1)

 

●2016年3月28日(意味深2)

 

●2016年6月2日(拡散)

 

●2016年6月15日(炎上) 

 

●2016年6月18日(Vektroid、合流)

 

●2016年6月18日(そして死へ)

 そして、SIMPSONWAVEは死んだ。ということになっている。『Pitchfork』に見つかっては終わり、ということなのだろう。Vektroidが絡んだ瞬間に終わるというのはいささか出来過ぎな気もするが、終わらせるために絡んだという気もしなくはない。いかにもな、あまりにもいかにもな終わり方である。

 一方、完全復活(?)したVektroidは従前から発言していたとおり、ヒップホップ・アルバムをプロデュースし、8月1日にリリース予定。Lucien HughesはSIMPSONWAVEが何かしらの波及効果を生むことを期待し、オリジナルの楽曲による「脱ゾンビ化」を計画しているようだ。そして、騒動の生みの親=Spicsterその人は、SIMPSONWAVEなぞ知らんという素振りで、6秒の無限ループを生み出し続けている。