読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

饒舌映画ブログ

誰もが、映画をめぐってひたすら饒舌であったときの快楽を知っている。同時に、その果てに待ち受けている徒労の実感をも体験している。映画によって言葉を根こそぎ奪われた瞬間の無上の甘美さをたぶん、あなたは知っているだろう。そして、その沈黙にいつまでも耐え続けることの息苦しさをも知っているに違いない。欠語と饒舌のいずれを選ぼうとも、救われたためしなどかつてありはしなかったのだ。――『リュミエール』誌 《創刊の辞》より

メル・ブルックス監督『ブレージングサドル』(Review)

f:id:cinemaguide:20151011224336j:plain

『ブレージングサドル』(Blazing Saddles, 1974) メル・ブルックス

 f:id:cinemaguide:20151123115732p:plain

 

思わず「こ・れ・は・ひ・ど・い」の一言で終わりにしたくなる、西部劇×ミュージカル×ブラックスプロイテーションという掛け合わせの異色作である。クエンティン・タランティーノの『ジャンゴ 繋がれざる者』も、このあたりから着想を得ているのだろうか。1974年の作品なので、西部劇にしろミュージカルにしろ、映画産業のコンテンツとしては完全にオワコン状態だったのだろうし、そのタイミングを見計らって、当時そこそこ勢いのあったであろうブラックスプロイテーションの流儀で乗っ取る(=黒くぬれ!)、という発想はなかなかユニーク。舞台はちょうど100年前の1870年代に設定され、黒人の保安官が悪戦苦闘し、事態をコミカルに乗り切っている。

 

話はざっとこんな具合である。西部劇の映画であればどこにでもありそうな西部の町「ロックリッジ」が荒野の片隅にあり、そのすぐ近くを通る予定の鉄道工事が着々と進められている。工事の担い手は黒人たちであり、本作の主人公であるバート(クリーボン・リトル)もその従業員の一人として懸命に働いている。一方、腐れ外道にして検事総長の男は、鉄道の開通に伴って上昇するであろうロックリッジの土地買収(というか暴力による略奪)をもくろみ、助平なおバカ知事を巧みに操りながら、様々な策を練ってロックリッジの町民たちの追い出しにかかる。

 

その一環として、フレッド・ジンネマンの『真昼の決闘』的な町民会議が開かれていた教会をあっさりと爆破し、保安官を大した描写もなくぶっ殺すというアナーキーな振る舞いには、西部劇のお作法などものともしない開き直りがあり(通常の西部劇にとって、保安官も教会もしれなりに重要な存在である)、鉄道工事の男・バートは、町民への嫌がらせとして後任の保安官に任命され、保安官バッジをつけて馬に跨り、ロックリッジの町へ赴くことになるのである。その後、検事総長の送り込む町で一番の力自慢や、お色気要員を新任保安官・バートがどのようにかわすかは、コメディとしてはいささかベタにも思うが、その非・西部劇性を含めて面白い。

 

さて、陰謀がすべて空振りに終わり、いよいよ悪徳検事総長が怒りを沸騰させ、「世界中から」無法者たちを集め、町の壊滅をもくろみ始めるあたりから、一応はオブジェクト・レベルのフィクションとして語られていたこの風変わりな西部劇は、自らそのメタ・レベルへの言及を始める。砂漠に集まった無法者たちの列にはワイルド・エンジェルと思しきバイク乗りが混ざり、ある男はチューインガムを手土産に持ってこなかったことを理由に射殺されてしまうのである。一方、ロックリッジの次元にも異変が生じ始め、黒人保安官・バートは町民たちと結託し、「砂漠の真ん中に偽物の町を作って敵を混乱させよう」という作戦を立てるのであった。

 

出来上がった張りぼての町は、まさに映画のセットのパロディのようであり、メタ・フィクションの発想としても十分に面白いのだが、作り手側はまるで飽き足らないのか、町民たちと無法者たちの乱闘をどんどん拡大させ、乱闘騒ぎは時空を飛び越え、ミュージカル映画を撮影中のハリウッドのスタジオへとなだれ込むことになる(笑)。そして、逃げ惑う検事総長を時空を越えて追いかける黒人保安官・バートは、『ブレージングサドル』のかかる映画館へとたどり着く。そこでつぶやかれる「ハッピーエンドだといいなあ、俺はハッピーエンドが好きなんだ」という科白は、メル・ブルックスという捻くれ者の本音を代弁したハリウッド映画への郷愁だろうと思う。

 

オブジェクト・レベルに留まることを恐れる(恥ずかしがる?)ポストモダンならではの諧謔的な振る舞い(=「すべてはネタだよ、ネタ」と言いたくなってしまう感じ)には思うところがないでもないが、そのこじれをカラッとしたコメディに昇華させているセンスは嫌いではなく。何より、一度ふざけ始めたら最後までふざけ通してやるぞという気合が何とも憎めない。ともかく、映画のために時間を無駄にしても惜しくない人向けの「こ・れ・は・ひ・ど・い」な1本です。

 

≪Trailer≫