饒舌映画ブログ

誰もが、映画をめぐってひたすら饒舌であったときの快楽を知っている。同時に、その果てに待ち受けている徒労の実感をも体験している。映画によって言葉を根こそぎ奪われた瞬間の無上の甘美さをたぶん、あなたは知っているだろう。そして、その沈黙にいつまでも耐え続けることの息苦しさをも知っているに違いない。欠語と饒舌のいずれを選ぼうとも、救われたためしなどかつてありはしなかったのだ。――『リュミエール』誌 《創刊の辞》より

映画の本

アンドレ・バザン著『映画とは何か』

「映画を〈考える〉言葉」、いや、そんな堅苦しいものではなく、もっと身体に馴染むような言葉、映画の素肌におそるおそる手を伸ばし、触れるか触れないかのところで揺らいでいる言葉を仮にこう呼ぶなら、「映画を〈観る〉言葉」ということになるのだろうが…