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饒舌映画ブログ

誰もが、映画をめぐってひたすら饒舌であったときの快楽を知っている。同時に、その果てに待ち受けている徒労の実感をも体験している。映画によって言葉を根こそぎ奪われた瞬間の無上の甘美さをたぶん、あなたは知っているだろう。そして、その沈黙にいつまでも耐え続けることの息苦しさをも知っているに違いない。欠語と饒舌のいずれを選ぼうとも、救われたためしなどかつてありはしなかったのだ。――『リュミエール』誌 《創刊の辞》より

ヨルゴス・ランティモス監督『ロブスター』

『ロブスター』(The Lobster, 2015)ヨルゴス・ランティモス これは・・・・・かなり「喰らう」作品だ。『籠の中の乙女』で世間をざわつかせたヨルゴス・ランティモスの新作、この『ロブスター』なる映画で、人は「一人で生きること」を許されていない。あらすじ…

デヴィッド・マッケンジー監督『名もなき塀の中の王』

『名もなき塀の中の王』(Starred Up, 2013)デヴィッド・マッケンジー タイトなリアリズムの筆致に思わず息を飲み、暴力で痛めつけられ、血で汚れていく男たちの身体、そして顔を見つめていると、いつの間にか映画は終わってしまった。というか、自分が映画…

ダミアン・ジフロン 監督『人生スイッチ』

『人生スイッチ』(Wild Tales, 2015)ダミアン・ジフロン われわれは普段、世の中の倫理や、常識や、正式に立法された公共のルールから、文書化などされていないローカルな約束のようなものまで、様々な「約束事」を建前として一応は信じ、無言の契約をみん…

リューベン・オストルンド監督『フレンチアルプスで起きたこと』

『フレンチアルプスで起きたこと』(Force Majeure, 2014)リューベン・オストルンド 山の斜面にたまっていた大量の雪や土砂などが、下層部のゆるみが原因となって、激しい勢いで次から次へと崩れ落ちること。――新明解国語辞典〔三省堂〕 真っ白なゲレンデを…

デスティン・クレットン監督『ショート・ターム』

『ショート・ターム』(Short Term 12, 2013)デスティン・クレットン 橋口亮輔監督の『ぐるりのこと。』をめぐって、宮台の言う社会的な「包摂」のことを少しだけ考えた。 宮台の著作は売り払ってしまったものも少なくないので、記憶を頼りに雑な引用をして…

クリント・イーストウッド監督『グラン・トリノ』(Review)

『グラン・トリノ』(Gran Torino, 2008)クリント・イーストウッド 『グラン・トリノ』は西部劇である。1992年の傑作『許されざる者』が「最後の西部劇」と評されたことを踏まえるなら、今度こそ最後の、いわば「最後の『最後の西部劇』」である。その最新…

橋口亮輔監督『ぐるりのこと。』(Review)

『ぐるりのこと。』(All Around Us, 2008) 橋口亮輔 「子は鎹(かすがい)」とは言うけれど、では、生後間もなく死んでしまった子供はどうなのだろう。まして、その子供を授かった夫婦が「できちゃった婚」で結ばれた二人なのだとしたら、「子」はそれでも…

橋口亮輔監督『ハッシュ!』

『ハッシュ!』(Hush!, 2001) 橋口亮輔 「普通の」とか、「中流の」とか言われる失敗しない生き方がまだモデル的な人生として残っているとしたら、橋口監督が描く「教科書に載っていない人生」を模索する人びとは、それを見下してもいなければ嫉んでもいな…

ウディ・アレン監督『カイロの紫のバラ』

『カイロの紫のバラ』(The Purple Rose of Cairo, 1985) ウディ・アレン 映画館の前で、新作のポスターに見入る女。その素晴らしい、抑制されつつもどこか物欲しげな表情を捉える数秒のショットで映画は幕を開ける。人は誰だって、こんな表情で映画の素肌…

モンテ・ヘルマン監督『コックファイター』(Review)

『コックファイター』(Cockfighter, 1974)モンテ・ヘルマン 例えば、鶏の眼球周辺を中心に据えたクローズアップが不意に画面を覆う時。例えば、狭苦しい競技場の中で鶏が羽をバタつかせながら戦っている光景が、無造作に画面に映し出される時。例えば、山…

モンテ・ヘルマン監督『旋風の中に馬を進めろ』『銃撃』

『旋風の中に馬を進めろ』(Ride in the Whirlwind, 1966) モンテ・ヘルマン *** 『銃撃』(The Shooting, 1967) モンテ・ヘルマン モンテ・ヘルマン監督の初期の西部劇、『旋風の中に馬を進めろ』と『銃撃』は、1本あたり7万5千ドルという過酷な予算で…